『生きる道』を間違えた、承認されたき「欲の列」





おそらく昔の人ならば 二秒もあればわかること

それがわからぬ今今の人 めくらつんぼも甚だしかり



 役に立つ たったそれだけ 

それだけのことを なぜ探す 

それだけのことで なぜ迷う 


役に立つ それが人の道なるに 

生きるため それは獣の道なるに 


人さまが ケモノとなれば 厄となる 



昔の人なら 二秒もあれば 

「それはやめとけ」と言うだろう 

人さまの 役に立つのか 厄となるのか 

二秒もあれば 答え出る 



生きるためという「まことしやか」な 言葉に曲げられ道外す 

救い救われぬ世の元は ケモノに落ちた 人さまの道 



役に立つことしていれば 与え合い 救い合う 

自分が置かれた巡りの道は 役の道か 厄の道か



目先の人だけ喜ばせても その先「厄」となる道か 

目先の人を怒らせたとて その先「役」となる道か


巡りが見えぬ 今今の人 近目鳥目の獣道

役は役と 巡りて還る 厄は厄と巡りて還る 



巡りを見る目が無いゆえに 人を見る目もありませぬ 

厄を誰かに押し付けた ケモノの道は過去のもの 


それでも握って離せぬからに ケモノ溢れる世の道となる 

人さまの道を外れたからに ケモノの巡りの輪の中に立つ 




人を生かせば自分は生きる 人を生かすが「生きる道」 

当たり前なる人さまの道 なぜに忘れておるのかな 




「巡り」という名の『天斑駒(アメノフチコマ)』 

狂いて「機織り」歪んだ神世

斑駒 逆剥ぎ 宮に投げ入れた 

スサナル神は「示現」しただけ 


人の心が機織り狂わせ 

巡りの乱れ 「示現」した🌀

人さまの道を外れたる 

天の益人 獣道 


ケモノ湧き立ち八つ頭 

連なる人さま ヤマタノオロチ 

大蛇退治は人さま退治 

ケモノに落ちた 人さま退治 


退治されたる人さまは 

スサナル神に恨み節 

改心出来ぬ神々様 

改心出来ぬ天の益人 

改心出来ぬ人さまよ 

再び斑駒逆剥ぎて 

巡り逆巻く獣道 


八つ頭八尾大蛇となり行く 

行列つくってだらだらと 

ヤマタノオロチが出来上がる 




昔の人なら二秒でわかる 当たり前なる人さまの道 

めくらつんぼが手を引かれ 大蛇となりゆく獣道


ケモノなら 言葉も要らぬ 名も要らぬ

ただのケモノと生きるがよろし




役に立つ 嬉し嬉しの道なるぞ

嬉しと楽しは同じに非ず

嬉しの後の 余韻が楽し


苦の中にある 嬉し道

嬉し楽しの人の道

楽しを追えば 逆巻く斑駒

されど嬉しに巡ること無し

楽を追えば苦なる道

苦こそ楽なる嬉し道



苦を憂い 慶びとなる 嬉し道

人の道たる 嬉し道

苦があるゆえに慶び巡る

過去を大地に芽吹くが苦の道

九の花咲かす 九十結び道







ひふみ神示 春の巻 第七帖 

ことわけて書きおくから、迷はんように。人民の理(ミチ)歩んで呉れよ。何も彼も嬉し嬉しとなる仕組、人民に禍ないのぢゃ。不足ないのぢゃ。いつも楽し楽しの歌で暮せる仕組ぢゃぞ。と申しても、心で判っても、今の人民には判るまいから、更にこと分けて、こまかに説いてきかすぞ。理(ミチ)しるべをつくりおくぞ。これがよろこびの理(ミチ)ぢゃ。人民のいのちを正しく育てることが一番のよろこび。人民と申すものは神の喜びの全き現れであるぞ。いくらけがれても元の神の根元神のキをうけてゐるぞ。それを育てることぢゃ。導くことぢゃ。死なんとする人助けるのもその一つぢゃ。宿った子殺すことは、人民殺すことぢゃ。今の人民 九分九厘は死んでいるぞ。

救へ、救へ、救へ。おかげは取りどくぢゃ。生かせよ。生かせよ。生かす理(ミチ)は神示よむことぢゃ。



ひふみ神示 上つ巻 第一帖

二二は晴れたり、日本晴れ。神の国のまことの神の力をあらはす代となれる、仏もキリストも何も彼もはっきり助けて七六かしい御苦労のない代が来るから みたまを不断に磨いて一筋の誠を通して呉れよ。いま一苦労あるが、この苦労は身魂をみがいて居らぬと越せぬ、この世初まって二度とない苦労であ る。このむすびは神の力でないと何も出来ん、人間の算盤では弾けんことぞ、日本はお土があかる、外国はお土がさかる。都の大洗濯、鄙の大洗濯、人のお洗濯。今度は何うもこらへて呉れというところまで、後へひかぬから、その積りでかかって来い、神の国の神の力を、はっきりと見せてやる時が来た。嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る⦿は神の国、神の力でないと何んにも成就せん、人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ、いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯して置いて呉れよ。戦は今年中と言ってゐるが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。臣民同士のいくさでない、カミと神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越へて時を待つ。加実が世界の王になる、てんし様が神と分らん臣民ばかり、口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)といふぞ。神の臣民みな命(みこと)になる身魂、掃除身魂結構。



膨大な『神示』のもっとも重要な要素が凝縮され含まれている『上つ巻 第一帖』

「フトマニ」で言えば真ん中の「アウワ(左目・鼻・右目)」である。

これ一つでも『腹』に治めるべし・・・・





癒奏術・響庵

心と身体と魂を癒す・・・それが「癒奏術」 肉体から霊体へ、霊体から神体へと手が届く唯一の施術です

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