華厳の道 第二章 『水月・以心伝心 第二義』



水月・以心伝心 第二義 受想行識~月なる人




人は月

光を受けて輝く月

受想行識なるが月

月であることをまず理解せよ

それが自分を知る「零」である



光とは時々刻々と遷ろう時の中

変化し流れる無常の現象

その現象という光を受けて輝く月が人である



現象を五感で感知するが「受」

その感知に対して反応するが「想」

「想」は生命の本能の反射

生命にとっての「判断」

DNAに刻まれた「判断」

それは無意識の「判断」



無意識の「判断」に身体が動く

「気」が動き「筋」が動き「心(臓)」が動き「肺」が動き「血」が動き・・・・

最初の「始動」が始まり「動ける状態」に入るが「行」



「受」で五感が感知した情報を

「始動」した脳が状況判断を始める

「五感の情報」と「無意識の判断」

その「双方」を行き来して「答え」を求める

「答え」とは「最善」であり

「最善」を求め導き出すのが「識」



受想行識は石火の機

火打石の火花のごとき間

その連続が思考となり思いとなり

思いと思考が連続する

火花がパチパチ煌めくように思考と思いが巡る



受想行識の連鎖の煌めき

それが月の輝き

命の輝き





心の水面の波紋は

受であり想であり行である波紋

それを識別し認識することで

新たな波紋が生まれる



その波紋の広がりの「先」を予測し

仮想の波紋が生まれ

受想行識が繰り返され

「結論」という「落としどころ」を探り出し

波紋は静まる



「静まる」のは目的が定まるから

定まらなければ波紋は続く





「最善」とは?

人によっての最善は違う

結論するもの・・・

落としどころが違うということ

それは「受想行識」の巡りの違い

受が違い

想が違い

行が違い

ゆえに識が違う

違うから巡りが違う

ゆえに「結」が違う



人それぞれの月の輝き

同じものはない

「何を映して」輝いているのかという

輝きの「元」の光である



元の光がそのまま輝いているのか

元の光が違って輝いているのか

それも同じではない




まずそれが人の基本である

「月」である人の基本

「受想行識」という「光を映す」基本である




癒奏術・響庵

心と身体と魂を癒す・・・それが「癒奏術」 肉体から霊体へ、霊体から神体へと手が届く唯一の施術です

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