【気比】~世界宗教の原点 《霊界探訪》



モーゼもマホメッドもイエス・キリストもヨハネも・・・

【神】を学ぶために東を求めた。


日出づる国の【気比】に於いて、世界から【神】を学ぶ意欲のある人に、天地創造からの【神】について「教え」を行っていた。


今から2000年前、3000年前では「それが世界の当たり前」であり、だからモーゼも最後は「東へ・・・」と言って「エジプト」を脱して仲間たちと【気比】へと戻ってきた。


「モーゼの墓」とされるものが「富山県」にあるのは、そこに『気多神宮(現大社)』があり、そこは「ヤマト朝廷」の『最北』の版図であった。

「気比」から「気多」にかけては『北部拠点』であり、大陸側からの「玄関口」である。

それゆえに「外国人」も多く往来し、様々な情報や知識、技術を集積するとともに、「宇宙」や「神々」などについてを教える場所であったわけである。


モーゼも、マホメッドも、イエスキリストも、ヨハネも・・・・

「ここに行けば学べる」

という情報が当然のようにあったからここに来たわけである。


また、「気多」から先・・・・新潟や秋田、青森といった地域は、この時代「蝦夷(えみし)」と呼ばれた「ヤマト朝廷」の影響の外である。


そして、ここが「根ノ国」と呼ばれ、本来の「出雲」と呼ばれる地域である。

この地の「姫」が「北局(きたのつぼね)」であり「北宮」と呼ばれていた場所である。



ちなみに、「ヤマト朝廷」の「最東端」が「鹿島、香取」であり、そこが「つくば」と呼ばれる『東部拠点(東宮)』であり、その先は「蝦夷」と呼ばれる未開の地(大和朝廷視点)であったわけである。

「東宮」の神は豊受大神、大宮姫、タナバタ姫、少彦名等、稲作の神の色合いが強い。

もっと時代を遡れば「日高見(現仙台)」までも版図であったが、内乱(ウガヤフキアエズ朝の終焉)の後、朝廷に反旗を翻し「蝦夷(えみし)」となったと考えられる。


そして「南宮」と呼ばれていた「サクラウチ」という地域は富士、伊豆周辺地域である。

瀬織津姫、稚姫、木花咲耶姫、イワナガ姫、大山祇の地域である。


そして「西宮」と呼ばれていた「カナサキ」という地域は現北九州である。

筑紫、宗像といった地域であり、住吉神、速秋津姫、豊玉姫の地域である。



「北宮(根ノ国)」の「マス姫」が、後に「ヤマタノオロチ」を発生した原因となる。

そんなマス姫の子が「アメノホヒ」であり「宗像三女神」である。

なぜ「宗像三女神が」・・・かというと、マス姫が「オロチ」へと変わり果てたため、瀬織津姫によって三女神は「北宮」から「西宮」へと移され「宗像」の「トヨ姫」に預けられ、そこで養育されたから「宗像三女神」となったのである。


そして、後に「出雲(北宮)」は現在の場所に移された・・・・ということである。

出雲の「国譲り」は「場所譲り」ということであろう。



*ホツマツタヱよりーーー




モーゼやマホメットやイエスキリストから時は過ぎ、それでも様々な大陸からの「学び」を求める者は絶えない。

秦の始皇帝も、インドの修験僧たちは、日ノ本にある「道教(古神道)」を学ぶために来った。

六甲山の瀬織津姫の磐座を守り、多聞寺を開いたインドからの来訪者である「法道仙人」もこの国の古神道を学び、そして実践してきた人物である。


日本には「稲作」の技術もあり、それを学びに来る人々もいたわけで、学校で習った「歴史」とは程遠いほどに日本は世界一進歩した大国であった。



江戸時代という長い「鎖国時代」を経た幕末の頃に於いても、江戸は世界の先進国に比肩する大都市であった。

それが事実であり、それほどに日本の歴史というものは捻じ曲げられているのである。



そして、外交という面に於いて、日本は数千年前から様々な国々と、人々と関りを持ち、そして「太古の記憶」というものがあり続ける国であったから、様々な国から「神」を学び「技術」や「知識」を学びに来ていたわけである。


モーゼの石板の片割れは、今現在東京で展示されている。

ユダヤの失われたアークは徳島にあり、ロスチャイルド家は「四国」そのものを欲して「200兆円」という金額を提示したと言われる。


竹内文書曰く「行ったものが帰ってきた」ということであり、それはモーゼが「帰ってきた」のと同じく、イエスが帰ってきたのと同じく、「スメル」という地域から分かれた様々な人々が、何百年、何千年という時を経て、バラバラに「帰ってきた」ということである。


一万年以上もの記憶を有する日本という国は、世界の歴史の中で「精神的支柱」を世界に与えてきた。

それは、様々な国に伝わる「神話」というカタチで、日ノ本の「神の物語」が色を変えカタチを変えても「本筋」は結局のところ同じなのである。


『御言』というものが「創世記」で語られ、ウガヤフキアエズの神話がキリストに語られ、天照大御神と素戔嗚命の「誓約(うけい)」の物語が北欧神話で語られ・・・・

日ノ本で学んだ「神の物語」を自国に持ち帰り「精神的支柱」と為してきたのである。



人の記憶から忘れられていても、細胞に、DNAに記憶された歴史は消えることはない。

ひとたび大神が「・」を入れれば、細胞レベルの記憶が揺り動かされ、本能のように「・」を中心にするということを無意識に行動し出すわけである。



100年も前から大神は言う。

「バカになれ」と・・・・


賢い者ほど「遅れる」ことになる。

だから「エリート」ほど「難」に突き当たることとなる。


「・」を入れられ「喝」を入れられたようになっているところで、無意識に行動できる者は幸いであるが、「理解」できないと行動できない人は遅れるのは当然である。

「バカ」ほど「反射」で行動できるのである。


「バカ」とは「無心」であるということ。

心に「余計な」ものが無いということ。

つまりは「掃除洗濯が行き届いている心」である。



大神が「・」を入れた中心にあるのが日ノ本である。

かつてそうであったように、この先もそうであるために・・・

日ノ本が世界の「・」となれ・・・という大神からの祝福である。



何が言いたいかというと、天皇家が「男系」がどうのこうのなどということが、いかに「ちっぽけ」なことかということである。

政治的な「席次」など、内在する歴史の重厚さに比べれば「ちっぽけ」なものなのである。





・・・ふたたび、竹内睦弘さんに捧ぐ



癒奏術・響庵

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